ムジカのぶろぐ。By @ryoushitsu

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2回目の緊急事態宣言で、 仲介3割減、管理5%減か。「部屋探し長期化」「業績格差」時代到来。|不動産投資の健美家



2回目は同じではなくなった。より大きな変化が待っている。

コロナのない時代に戻れると思う人はもういないだろう。つまりコロナ前提で考える時代である。前回の緊急事態宣言はそのこと自体が初めての体験。まるでそれは東日本大震災津波のように一時の自然災害のように写った。そして、東日本大震災によって原子力発電所が壊滅的なダメージを受けてしまったように、コロナもまた日本に(いや世界中にだけど)大きなダメージを残している。自然災害ではある一定の期間が過ぎると、対象地域外の人はいい意味でも、悪い意味でも風化し、忘れてしまう。そうすることで克服したかのような錯覚があり、それは見たくないものを見ないという問題からの逃避であると同時に、ある意味でまた頑張ろうという前向きな気持ちに繋がる契機となってきた。しかし今回の緊急事態宣言から始まったこのコロナとの戦いは、わたしたちの目を背けさせてくれない。常に目の前にある問題として立ちはだかっている。しかし、今思えば去年の緊急事態宣言は、形だけのような雰囲気があった。結局のところ、おっかなびっくりで人々は一瞬歩みを止めたけれども、すぐに経済的に復帰した。それはさながら、先生に怒られた生徒が、先生がいなくなったすきに、騒ぎ出すそれと同じだった。だから大方の予想通りV字回復したし、大したこと無かったと大手を振って歩めたのである。その先に、Gotoキャンペーンがあったことで、人々は復興支援といわんばかりに大勢の人手が街を潤わせた。それは日本人の美しき助け合いの心だったと思う。日本人は素晴らしいと思えたことは個人的にもわたしは嬉しかった。そして今年。2021年の幕開けにて、再び実行された緊急事態宣言。大方の予想ではもう効力はないとされ、何のための宣言なのか?という無意味論者と、発令を心待ちにしていた積極派とで世論は割れているように思う。テレビのアンケート等では、後者が多いように思う。電話や郵送でのアンケートに答えてくれる層は大抵が高齢者であることを思うと、まあそうなんだろうなと思う。歳を取ればとるほど現状維持バイアスが働きやすくなるだろうし、これ以上感染者を増やすこと=自由な経済活動を許すこととして、それを制限せよというわかりやすい、かつ、間違った図式がさも正論のように語られている。すでに日本経済は死に体である。それは安くなくては売れないという薄利多売の局地にある国は、利益がそもそも見込めないからだ。そんな痩せ我慢をデフォルトで背負わさせておきながら、売上3割減とか、5割減という凄まじい状況に、耐えられるわけが無い。そのうえでなお、自粛を声高に宣言するとはもはや死刑宣告のそれと同等の意味を持つと言っていい。この記事は、賃貸業界の話であるが、どの業界にも当てはまるコロナがもたらす世の中の変化、人の心理の変化を見事に捉えている。わたしもこの感覚はなんとなく持ってはいたが、その裏付けをもらったような腹落ちがあった。突然やってきた厄災、コロナは人々を驚かせ、混乱させた。そしてあらゆる対抗策を講じていく中で、もはや、コロナが未知のウィルスとしての緊急事態宣言と、コロナが前提となる緊急事態宣言では、その意味合いがまるで違うということだ。もはや、去年がこうだったから今年も大丈夫などと安易に考えていては生き残ることは出来ない。残酷な現実を改めて突きつけられたような衝撃がある。しかし、記事の最後にもあるように、これで希望が無くなったわけではないし、世界が明日終わる訳でもないこともまた事実である。世界のルールが変更になった。それは不可逆的なルールである。そのことに意識的になれるかどうか。ルールを知ろうとしているか。ルールは誰かが教えてくれない。自分で考えて、調査結果を元に予測していく。そんなマーケターの視点があらゆる業界に求められている。答えがないのではない。答えを探し続けること。そして、周りをよく見ながら落ち着いて1つ1つ検証していくこと。やけを起こさないこと。わたしたちが今できることはそう言ったことのような気がする。わたしたちはこの時代を生きている。生き方が変わるだけだ。じゃあどんな生き方をすればいいのか。それはまだ暗中模索である。答えを求め続けること。そこに、わたしたちがもがき、生きる、2021年から始まる2020年代のスタンダードがあるのだと信じて。

 

それじゃぁまたね(了)