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「ファイナルファンタジーとは?」作り手たちの“たったひとつの答え”からみる情熱と崖っぷちからの逆転 | 文春オンライン



時代と寄り添うファンタジー

ファイナルファンタジーはゲームである。国産で、高品質のゲームである。記事にもあるように、いくつかのお約束はありつつも、その時持てる最高の技術でプロデューサーが作りたいものをつくる作品である。ファイナルファンタジーと冠されれば、例えそれがそれまでにないファイナルファンタジーでも、すべてファイナルファンタジーとなる。私はそう思っている。その名をつけた時、ファイナルファンタジーというブランドが輝く。その名をつけること自体がすでに挑戦を意味する。今朝(厳密には月曜の朝)、TokyoFMの朝の番組に、ファイナルファンタジー14のプロデューサー、ディレクターのよしPこと吉田直樹さんが登場した。先週に引き続き2度目の登場で、相変わらず先週から今週にかけて熱狂的なファンの反響は凄まじかったらしい。かくゆうわたしもその1人ではある。番組のメイン司会の鈴村健一さんはまだ未プレイらしく、ファンから(熱狂的な)勧誘があったらしい。私もその後が気になるのであとでSNSをフォローしておこう。その番組の中で鈴村さんはファイナルファンタジー16のことを突っ込んで聞いていた。それにはさすがのよしPも予想してなかったのか、やや押され気味となり、歯切れは多少悪かったものの、他では聞けなかったゲームシステムの話が少し聞けるなどして、大変に面白い番組となった。さすがサービス精神旺盛なよしPである。お疲れ様でした。話題は戻って。ファイナルファンタジーとは何かという命題に私も何度か挑戦してきた。そして最近思うことをまた記したいと思う。スクウェア・エニックスとして、ファイナルファンタジーを挑戦の場所としているのは変わらない。しかしそれは同時に失敗が許されないほどに期待値は高まり続けている。事実、あれだけ酷評されたファイナルファンタジー15も950万本以上売ってヒット作となっているし、7リメイクも文句なしのヒット作だ。つまり、ファイナルファンタジーと呼ばれた作品の中で、ここ最近ハズレがないのである。会社の売上の割合的にはファイナルファンタジーというブランドが生み出す割合はそれほど多くはないのかもしれない。事実、売上幅の多さで言ったらやはりスマホゲームの方が上だろう。特にPlayStationというハードが高画質、高品質のHDゲームである以上、開発費は膨れ上がるし、ましてや、次世代機は4K対応する。巨額の投資に対して売上を出さなければいけない作品となっているのだ。最近思うのはスクウェア・エニックスの戦略の一環だとは思うが、挑戦という立ち位置を与えられた作品はもはやファイナルファンタジーではなくなりつつあるという点だろう。オクトパストラベラー、ブレイブリーデフォルト等、主にNintendoSwitchで展開される子ども向けRPGにそれが見受けられる。また、ストラテジーシュミレーションRPGの新作も、一見するとファイナルファンタジータクティクスと呼びたくなるのだが、そのタイトルにファイナルファンタジーと付けることを避け、完全新作として世に出すらしい。まあ、オクトパストラベラーで見せたドット絵と立体的な奥行きのある画像処理のそれはファイナルファンタジーと呼ぶよりはオクトパストラベラー亜種であるのだけれど。気になるのはそれがスクウェア・エニックスの戦略であると同時に、Nintendoの思惑でもありそうと言う点だ。NintendoとしてはPlayStationキラータイトルであるファイナルファンタジーをNintendoでやられるとどうしてもPlayStationの方が優先となり、ハードの売れ行きに影響が大きく面白くない。それなら、あくまで「子ども向けの新作」というカテゴリーを作り、そこでファイナルファンタジーではない新たな名作を作って欲しいという思惑だ。事実、ファイナルファンタジーファイナルファンタジーとしてもっとも挑戦的で輝いていたのは、ファミコン時代だった。容量の巨大化に伴い、カセット型では容量が足らず、PlayStationに移ったことで容量の問題をクリアし、まさにPlayStationの時代を作ったファイナルファンタジー7の存在もある。あれもとんでもなく輝いていた。そう考えれば、ファイナルファンタジー7までを黄金期と呼んでもいいだろう。8はさらに挑戦、9は原点回帰。そして、再び10という大きな挑戦。11は初オンライン、12、13とやや低迷しつつ、14で過去作を甦らせる手法で復活、15で最前線に返り咲いた。つまり8以降は過去からの脱却。そして次の時代へのシフトとしてもがいた苦難期と言える。「もう一度、ファイナルファンタジー。」そんなキャッチコピーがハマりそうではある。そうして、会社として絶対に失敗できない高品質のゲームとしてファイナルファンタジーは蘇えることができたのは往年のファンの存在が大きい。それは私も含むファンが歳をとり、趣味趣向が大人のそれになってきた事にも大きく影響しているだろう。そういう意味でわたしはファイナルファンタジーと共に歳をとりこうして大人になったひとりとしてファイナルファンタジーが第1線に復活したことは嬉しい限りである。同時にNintendoSwitchで展開される新作RPGのスマッシュヒットも頼もしく感じている。あの作品たちが次の時代のファイナルファンタジーとなることを願って。そう考えれば、ファイナルファンタジーは私たちの世代で終わる運命の作品かもしれないな。ドラゴンクエストは次の世代へとバトンが渡されているのに対して、ファイナルファンタジーはわたしたちの世代だけにフォーカスしたまさに最後の夢だ。旧スクウェアファイナルファンタジーを作り上げた坂口氏が存命である限り、ファイナルファンタジーは、続くだろう。ファイナルファンタジーは坂口氏の夢から、私たちファンの全員の希望、夢になった。私たちのファイナルファンタジーファイナルファンタジー14という夢の国として結実したと言っていい。しかもそのサービスは暁月のフィナーレを迎えてもさらに続いていく。こんなに嬉しいことはない。私たちのファイナルファンタジーは担保された。あの頃の7もリメイクされていく。それならば16とは何なのか。16とはどうあるべきなのか。15までのすべてのファイナルファンタジーを含んで背負って成功したファイナルファンタジー14。そのプロデューサー、吉田直樹さんだからこそ、次の16を作るにふさわしい。全てを背負い、そしてこれまでの文脈を理解した吉田直樹さんが最後に生み出す新作RPG。その名もファイナルファンタジー16。わたしはファイナルファンタジーはここで終わってもいいとすら思える。私たちには14があればいいからだ。17、18と続いたところでもはや私たちはついていけるだろうか。ゲームに当てることのできる時間は年々減っている。しかも14で忙しい。据え置き型で、オンラインゲームでないゲームとしてのファイナルファンタジーに今後どんな役割りがあるのだろう。新作ナンバリングタイトルがなければ14はつまらないだろうか。そんなことは無い。14で新たなファイナルファンタジーを作ってくれればいい。それこそ、よしPが散々言っているように、ファイナルファンタジー14を、ファイナルファンタジーオンラインと変えてもいい。それくらいに、ナンバリングタイトルはもはや時代遅れになりつつある。16で終わって欲しくないと思うのは、おそらく、SONYの思惑だろう。PlayStationが今後も羽ばたくためのキラータイトルである。PS5の売上に大きく貢献が期待されているからだ。そう考えれば、たぶん、あるな。17以降も。SONYPlayStationを諦めない限り。いや、7リメイクだけでもキラータイトルになるか?いや、あっちはまだまだ時間かかりそうだな……。そういう意味で、7リメイクの発表までのお楽しみとしての、ナンバリングタイトルが続くと考えた方がいいのかもしれない。もはやナンバリングタイトルとはその程度のものとなりつつあるのかもしれない。いや、16やるよ?絶対買うよ?そしてたぶん大絶賛するよ?17出たら買うよ?やるよ?そして大絶賛するよ?それでも。それが時代に寄り添うファイナルファンタジーであるかどうかは疑問である。ファンをつなぎ止めて会社として売上を作るためだけなら、もはや14で十分なのである。ファイナルファンタジーとは何かという命題からはややズレてしまった感があるけれど。ファイナルファンタジーは特定の世代のゲーマー達の夢である。無理やり言うとね。

 

それじゃぁまたね(了)