ムジカのぶろぐ。By @ryoushitsu

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『FFXV』の影響受けたファンタジーACT『Lost Soul Aside』18分におよぶ最新プレイ映像!



予想以上にFF15だった。

影響を受けた、とある。むしろそのままのような気もする。それくらいに再現度は高い。このゲームをやりたいと思わせるくらいにはクオリティは高いのだろう。続報を待ちたい。ただ1点だけ。なぜPS4向けに作ってるの?PS5で良くない?

前置きはこれくらいにしたい。今回この動画を見て、FF15がスタイリッシュなゲームと評されていることにやや思うところがあった。スタイリッシュではないと言いたい訳では無い。ではあれは何だったのか?ファイナルファンタジーという形をとってはいたものの、あれは何だったのか?わたしはファイナルファンタジー的な要素を現代風にアレンジする際に、当時で考えられるもっともファイナルファンタジーからは遠いデザインを試みたものとその名残りである。わたしはそう思っている。ファイナルファンタジー的なもの。剣と魔法の世界である。だが中世ヨーロッパの世界である必要は無い。そもそもが中世ヨーロッパのようで、まるでそうでもない中途半端なファンタジー世界である。つまり最初から中世ヨーロッパを想定してすらいない。ナイトは出てくるがどこかの国の騎士ではない。魔法は白魔法と黒魔法に別れて存在するがそれもかなりの部分がオリジナルである。つまり剣と魔法という要素さえ押さておけばあとはどんな世界でも良くなる。そして、現代風であり、ファンタジーであり、現実的である世界としてインソムニアという街が出来た。そこから広がる世界はどこか現実とリンクしている。そのほうがリアルだからだ。その世界にファンタジックなモンスターが跋扈するという舞台設計こそがもっとも有り得ない。そこにややわかりやすすぎるファンタジー要素が詰まっている。主人公たちの関係性もファンタジーだ。いや、アニメ的と言っていい。王子。王子と同じ学校に通う同級生。王子を守る衛兵の血筋の子。執事として、また、頼れる兄としての役割を与えられた子。それら4人がほぼ同世代でなんの利害関係も無いままに、ただひたすらに国外亡命するための気ままな旅をしている(旅は最初から意味不明な旅立ちだった)。まさにファンタジーてんこ盛りである。普通なら国を上げて護衛するはずだし、いくら秘密の旅だとしても、いくら信頼のおける仲良し3人組だったとしても、たった3人だけの従者を与えて王子を国外に逃がすなんてあまりにも無計画だし、成功の確率も低い。何にしろ無謀すぎる。そのストーリーの荒唐無稽さばかりが目立つのがこのファイナルファンタジー15という作品の欠点である。裏を返していえばストーリー以外は素晴らしい。それこそ、スタイリッシュと呼んでいいほど作り込まれたデザイン性の宝庫だ。まるでその世界に本当に王子たちが存在し、気ままな旅を楽しんでいるかのような現実感がそこにはちゃんとある。夜になればはやくキャンプしたくなるし、朝になればこの先どんな冒険が待っているのかと胸を踊らせたくなる。森に入れば鬱蒼とした茂みからなにが飛び出してくるのか気になるし、暗い洞窟にひとたび入ればなにが出てくるのか怖いながらも興味が尽きない。ストーリーはお世辞にもいいとは言えないが、それ以外の世界観を構築する全ての要素がスタイリッシュである。この部分に影響を受けたのだろう。素晴らしくスタイリッシュなゲームを作っていると感じられる。だがそれは見た目を真似して作ったものの、魂が込められていないような空虚さを感じさせてしまう。なぜもう一度ファイナルファンタジー15にインスパイアされた作品を世に出すのか?という理由付けが欲しい。その理由の大半が、ファイナルファンタジー15が好きだからという理由でも成り立つは成り立つのだろうが、それをプレイする側にもっと別のファイナルファンタジー15が好きだからという理由をはるかに超える強い動機づけが必要だろう。例えば、壮大な未完成の作品であるファイナルファンタジー15を完結させるための、作品とかである。それはファイナルファンタジー15のファンが夢に見た真エンドである。だが、スクウェア・エニックス社でない第三者が続きを作るにはまだ早すぎる。少なくとも10年は月日を要するだろう。願わくば、ファイナルファンタジー3から6までに見られたような素晴らいリメイク作品を、ぜひ作って欲しい。あれは、スクウェア・エニックス社でない第三者が作ったからこそ、愛あるリメイクとなっているのだし、ファイナルファンタジー4に至っては続編まで作られる事になったのも、愛ある第三者がなせる技だろう。スクウェア・エニックス社でないことが逆にいい方向に働いた好例である。ファイナルファンタジー15スクウェア・エニックス社でない第三者が続きを作って欲しいと思っている。そうすることで私たちファンが納得出来るものをファン目線で作ることが出来るだろう。いくらスクウェア・エニックス社であっても、そのファン心理を深く理解してそれを高度なクオリティで作り上げることは容易ではない。かのファイナルファンタジー14を組み立てた吉田直樹氏も、ファイナルファンタジーの1ファンだったからこそ、フラットに、そして愛あるコラボ、オマージュを捧げることが出来たに違いない。それは吉田直樹氏が、外部の人間であり、もっとこうすればいいのにという願いを、ファン目線で持ち続けることが出来たからである。そういう意味では、ファイナルファンタジー15をより理解し、そして愛あるリメイクを施せるのはスクウェア・エニックス社の中にはおそらく存在しない。吉田直樹氏なら何とかしてくれそうではあるがそれにしたってまだずっと先のことである。ファイナルファンタジー16がその大役を担う1作目となることをわたしは密かに期待しているのだけれど。スポークンだったか、プロジェクトなんちゃらだった仮名が正式名称に変わった例の作品も、期待はしている。けれどあれはファイナルファンタジー15で培った技術を利用したいという思惑が先行しており、それ以上でもそれ以下でもない作品である。高い技術は誇示しつつも、結局はお茶を濁すに留まるであろうことは間違いなさそうである。いつ発売されるのかわからない作品より、3ヶ月に1度確実にアップデートされるファイナルファンタジー14。2年ごとに大型アップデートが決まっているファイナルファンタジー14にはもはやどんなファイナルファンタジーも敵わないだろう。スケジュール通り、作品が届けられ、さらにそこには予想以上のサプライズが仕掛けられており、そしてなおかつ楽しみ方は無限大という懐の深さだ。ファイナルファンタジー16も吉田直樹氏が手がけるのでその点は心配ないのだが、もはやあれほどの至れり尽くせりを体験してしまうともはや他のゲームに期待してはいけないのだなと思ってしまう。かの、ファンタジアンですら、わたしは予想以上のサプライズを体験することは出来なかった。確かに素晴らしくよく出来たゲームだ。だが、サプライズがない。ゲームの善し悪しだけでなく、飽きさせない情報操作、情報の小出し、話題の小出し。それら引っ括めてゲーム体験であるのであれば、まさにファイナルファンタジー14が体現するものはそのハイエンドであり、ここを超えることはたとえ吉田直樹氏であっても不可能である。エオルゼアのように、アップデートを繰り返し、10年以上の歳月を掛けて完成させる作品群なら話は別なのだが。

 

それじゃぁまたね(了)


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