ムジカのぶろぐ。By @ryoushitsu

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「頑張れば結果が出る」と信じる人が実は危うすぎる納得の理由 | 独学大全 | ダイヤモンド・オンライン



頑張ったね。えらいね。よくやった。そんなふうに言われたら。

誰だって嬉しい。努力が実を結び結果となった時素直に喜べる。だが、頑張れなかった。努力できなかった。そして結果が出なかった。そんな時ないだろうか。時間がなかったから。やったけど出来なかった。そんなふうに自己分析するひともいる。わたしはその自己分析はあってもいいと思うけれど、それよりも大切なのは次どうするかだと思う。次同じことがあった時にどうすれば良かったか。努力は目に見えにくい。確かにそうだ。時間の過ごし方。準備の仕方。そこに改善の余地は無かったか。分かりやすくいえば、あと5分早く行動したらどうか。もしくは勉強のやり方を変えてみる。目に触れる時間を2倍に増やす。勉強はなにもペンを持ってノートに書き連ねるだけじゃない。小さくていい。そんなふうに改善策を重ねていく。そのとき私が大切にしているのは、わたしならどうするかという視点だ。わたしならこうやれば無理なくやれるという基準であり、こうやれば楽しくやれそうというワクワク感である。この記事を取り上げた理由に、このどこまで頑張ったらいいのかという基準については確かに悩むなと思ったから。この点について私は長く悩んできたから。頑張れ頑張れ。ガムシャラになって頑張ったら心と体がヘトヘトになった。それでも結果がでないときはもはや絶望感しかない。だからわたしはダメなのだと思って落ち込んで。さらにモチベーションが下がって結果はさらに落ち込んでいく。そこではたと気づいた。自分の気持ちを上げなくては何ともならないという事実だ。頑張って結果を出すタイミングもあるだろう(テストとか。物量が必要な仕事)。でも、それだけじゃない。それよりも、ヒラメキがあればそれを乗り越えられることがある。ヒラメキを期待するな?いやいや。ヒラメキはめちゃくちゃ重要だ。それを得るためには自分のコンディションが良くなければいけない。それは気持ちが上向きだったり、無理して疲れてなかったりということ。確かに。無理して頑張って結果が出た人は周りから褒められる。よく頑張ったね。えらいね。さすがだね。そんな人を見ていると、わたしは頑張ってない……。サボってるから結果を出すことができていないんだ。と自分を責めてしまう。そうすると?モチベーションは上がるのか?上がる!という人はいい。闘争本能や競争意識が機動力になる人もいるだろう。だがわたしはそうではない。わたしは気持ちのいい状態である必要がある。それは誰かを妬んだり、羨ましいと思っている時には気持ちよくなれない。なるべく自分の中に意識が向いて、次の行動を意識できる時が私の中のパフォーマンスを最大化できる。わたしはそういう人種だ。無意識で。没頭して。そんな自分を常に作れるようにしておくこと。それこそが、結果を出すために必要な準備の仕方である。この記事の言う、頑張って褒められてと嬉しくないという体験はこれからもあるだろう。自分の中で頑張った!という、実感がないときでも。褒められていい。喜んでいい。褒められることに否定的だともうどんなに頑張っても満足できなくなる。満足出来なければいつか限界を超えて頑張ってしまい、果ては身も心も滅ぼすことになってしまう。それはよくない。頑張りすぎはよくないのだ。だからわたしは頑張りすぎてるなと思った時は意識してサボるようにしている。その時は瞑想することにしている。音楽も聞かない。動画やTwitterも見ない。とにかく。なにもせずに目を閉じる。寝てもいけない。とにかく瞑想。それがリラックス効果を産み、コンディションを整えることができる。そうすることで次のアクションの予習復習をしたり、頭の中で演習したりして、精度を高めることができる。それはサボるとは違うのかもしれないけど。私の思うサボるとは、時間を無駄に過ごすことと思っている。時間が過ぎることに身を委ねる行為全般だ。時間を気にせず音楽を聞いたり動画を見たり。スマホを触ったり。もちろんわたしもそうすることもある。しかし時間は区切る。そしてそうすると決めたら必死にサボるようにしている。そこで無我の境地に到れるなら、それは必要なサボりだ。その代わり時間が無くなるので必死にサボる。短い時間でたくさんの無我を得るために頑張るのだ。時間は待ってくれない。平等に与えられている。時間は有限である。だが一方で頑張る、頑張らないの自由は、すべての働く人、すべての学生の自由である。頑張らなくて得られる成功なら、遠慮なくいただいてしまえばいい。頑張らなくてはいけないならそうするだけだ。それで心や体を壊してしまいそうなら天秤にかけて、サボる。自分が一番大切だからである。得られる結果は一つ。どちらがいいのかその都度考えながら、頑張ったり、サボったり。繰り返しながら頑張れるときに頑張れるようにしていく。人生とはそんな瞬間の連続でいいと私は思うのだけれど。あなたはどう思う?スーパーマンみたいな人もいる。だけどわたしは絶対にスーパーマンじゃない。

 

それじゃぁまたね(了)