ムジカのぶろぐ。By @ryoushitsu

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「あの人は大手から来たからね」と転職先でひんしゅくを買う"大手出身者"の典型的な口癖 挑戦はしたいけど定時に帰りたい | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

"「あの人は大手から来たからね」と転職先でひんしゅくを買う"大手出身者"の典型的な口癖 挑戦はしたいけど定時に帰りたい | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)"

 

転職に正しい選択はない。

   改めて思う。転職は清水の舞台から飛び降りることだ、と。飛び降りようとする人が例え死を選ぶつもりでないのだとしても、その先に何が起こるのかという想像をするだろうか?「怪我するかもしれない」「危ないかもしれない」そんなことを思うのなら、それは飛び下りるべきではない。つまり、転職も同じだ。

 

   転職してよかったか?その問いについてわたしはどう答えるだろう。もしも新しい自分を手に入れたかったという目的ならば。それは叶えられたと言える。ただし苦労の連続だ。それが対価だと納得できるならいい。だが苦労をしたくないとする人にとっては、転職と安心は縁遠いだろう。つまり新たな自分になるために前の自分を消し去る。それこそが転職の本質である。

 

   今の自分に少なからず愛着があり、今の自分の地続きに転職先の自分をイメージするのはやめた方がいい。生き直すくらいの覚悟と努力と、気合いが要るからだ。それがないのに、今の職場が嫌だからとか、成長を感じられないからという理由でドロップアウトすることは、転職の本質からは程遠いだろう。自営業になる?それを選べるなら話はまた違うだろうが。

 

     結局。人が1人として同じ人がいないように、職場もまた千差万別。大手で上手くやっていたからと言って過信するようでは、転職先で大きな壁に直面する。それを失敗ととるか、新たな気づきと見て自分を省みることができるかで、転職の意味は大きく異なるのではないか。たまに転職先でいきなり大きく羽ばたく人がいる。それはたまたま合ったというケースか?いや、そのほとんどが血のにじむ様な努力をしている。それを人に見せないようにしているだけだったりする。嫌なら転職すればいい。そんなふうに仕事を見ている人は、社会の本質をわかっていない人だ。転職先はよほどの奇跡でも起きない限り、どう少なく見積もって考えても、今いる職場よりももっとキツく、そして、薄給で、劣悪なのである。得られるのは新しい自分。それだけなのだ。

 

それじゃあまたね(了)


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